「えん罪弁護士」撮影中の危機をどう切り抜けた?

 同様に、もし相手の本音を引き出したいなら、まずは自分が本音で語らなければならない。昨年、私は『ブレイブ 勇敢なる者』というシリーズの第二弾「えん罪弁護士」で、弁護士の今村核さんを取材した。放送を見た人から「よく、あんな先生を取材できたね~」と声をかけられた。今村先生が一見、気難しい偏屈者に見えたからだろう。

 今村先生は、有罪率99.9%といわれる日本の刑事裁判で、これまでに無罪判決を14件も獲得してきた異色の凄腕弁護士だ。しかし、今までにこうしたドキュメンタリー番組で密着取材を受けたことはなかった。

 撮影前に何度もお会いし、打ち解けた気でいたが、いざ撮影が始まると今村先生は慣れないカメラの前で終始、不機嫌な様子を隠さなかった。いつも現場を共にする相棒のカメラマンや音声さんも「このまま撮影が終わるんじゃないか」とヒヤヒヤし、戸惑っていた。こういうとき、ディレクターである自分も不安になると、その気持ちは被写体である今村先生にも伝わり、事態はどんどん悪化する。人間関係と同じで、相手のことを信用できなくなったら、相手も自分のことを信用しなくなるのだ。

 私はそのとき、どうだったかというと、それなりに年齢や経験を重ねたせいなのか、自分でも不思議なほど焦りを感じていなかった。「今村先生は、絶対にこの番組の取材を途中で投げ出したりはしない」と信じ切っていた。

 撮影が始まって数日後、ある現場まで今村先生とともに車で3時間ほどの道程を移動することになった。その間、カメラは回っていないが、じっくりと今村先生と話し込んだ。普段はこちらが質問するばかりだが、この移動中は終始、今村先生の問いかけに私が答えていた。自分がどういう人間で、普段、どんなことを考えて過ごしているかを話したように思う。今回の番組とは直接、関係のない話のほうが多かっただろう。それ以後、撮影は順調に進んだ。そして撮影最終日、今村先生は、それまで内に秘めていた自身の孤独感や絶望感をカメラの前で語ってくれた。私は、濃密な撮影期間を振り返って、改めて感じた。

「問われているのは、やはり“自分”のほうなのだ」

「合わせ鏡論」から言えば、何か番組がうまくいかないとき、問題の多くは相手側ではなく、自分の側にあるのだ。準備が足りていなかったり、相手に自分が何者なのかをきちんと伝えていなかったりすることなどが原因なのだ。つまり、失敗の原因はいつも、ほぼ自分側にあるのである。

 この「合わせ鏡論」は、あらゆるビジネスの世界にも通ずる概念だと思う。交渉やプロジェクトを進めるとき、まずは自分たちがどうなのか、準備は十分か、理念は間違っていないか、などが問われるべきなのだ。

佐々木 健一(ささき・けんいち)

1977年、札幌生まれ。早大卒業後、NHKエデュケーショナル入社。ディレクターとして『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズ(NHK)、『ヒューマン・コード』(フジテレビ)などの特別番組を企画・制作。『ケンボー先生と山田先生』で第30回ATP賞最優秀賞、第40回放送文化基金賞優秀賞、『哲子の部屋』で第31回ATP賞優秀賞、『Dr.MITSUYA』で米国際フィルム・ビデオ祭 2016ドキュメンタリー部門シルバースクリーン賞、『Mr.トルネード』で科学ジャーナリスト賞2017、『えん罪弁護士』で第54回ギャラクシー賞選奨などを受賞。書籍では『辞書になった男』(文藝春秋)で第62回日本エッセイストクラブ賞、『神は背番号に宿る』(新潮社)で第28回ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。最新刊は『Mr.トルネード』(文藝春秋)。詳しくはインタビュー記事「『辞書』から『えん罪』まで ドキュメンタリー界の“異端児”佐々木健一とは何者か?」 「ベッキーの『勘』、清水富美加の『才』 異能のテレビマンを驚かせた『ふたりの天性』」 を参照。