警察が「厳重処分」の意見を付けて送致した日馬富士事件 検察の視点から見る今後の展開

(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 元横綱日馬富士の幕内・貴ノ岩に対する傷害事件は、鳥取県警が「厳重処分」の意見を付けて鳥取地検に送致したことで、新たな局面を迎えた。検察の視点から、今後の展開などを示したい。

【4つの意見】

 警察が犯罪の捜査を行うに当たって守るべき心構えや捜査の方法、手続などについては、国家公安委員会規則である「犯罪捜査規範」に詳しく定められている。

 捜査を遂げた事件の処理に関しても、次のような規定がある。

「事件を送致又は送付するに当たっては、犯罪の事実及び情状等に関する意見を付した送致書又は送付書を作成し、関係書類及び証拠物を添付するものとする」(195条)

 「送致」は警察が被害者から被害届を受けたり、変死体を発見したり、様々な情報に基づいて捜査を行った場合であり、「送付」は警察が告訴や告発を受けたり、犯人による自首があった場合だ。

 マスコミ報道では両者をひっくるめて「送検」と呼ばれ、特に逮捕されていない事件の場合は「書類送検」と呼ばれているが、法令にはそうした用語は存在しない。

 要するに、こうした送致や送付に際し、「この被疑者に対しては、このような刑事処分を行うべきだ」といった意見表明が求められているというわけだ。

 というのも、確かに最終的に事件を起訴するか否かを決めるのは検察であり、警察にはそうした権限がないものの、検察よりも先に捜査を行い、事件発覚の経緯や事件に至る流れ、犯行状況、様々な背景事情などをよく把握しているからだ。

 日馬富士事件の場合、貴ノ岩の師匠である貴乃花親方の判断により、事件直後の10月下旬に鳥取県警に被害届を提出し、刑事事件化したということなので、今回は「送致」に当たる。

 こうした警察の意見には、次の4つのパターンがある。

(1) 「厳重処分願いたい

 起訴するのが相当だと考えている場合

(2) 「相当処分願いたい

 起訴・不起訴については検察に一任したいと考えている場合

(3) 「寛大処分願いたい

 起訴を猶予するのが相当だと考えている場合

(4) 「しかるべく処分願いたい

 時効が成立しているとか、被疑者が死亡しているとか、告訴がなければ起訴できない事件で既に告訴が取り下げられているといった事情により、不起訴以外にはあり得ない場合

【意見の重み】

 参考までに、送致書や送付書のフォーマットは、次のようなものだ。

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 このフォーマットの1枚目が表紙であり、2枚目が裏面だが、裏面にある「4 犯罪事実及び犯罪の情状等に関する意見」の欄に、警察が意見を記載するというわけだ。

 ただ、検察は、いかなる事件であっても、被疑者の処分を決める際、この意見に拘束されることはない。

 むしろ、特に意識していないというのが実情だ。

 というのも、そもそも証拠により犯罪の容疑が認められ、送致や送付された被疑者が犯人である事件であれば、(4)に当たらない限り、そのほぼ全てが(1)の「厳重処分」となっており、(2)や(3)などないに等しいからだ。

 予算や人員が限られている中、これを割き、時間をかけて捜査を遂げた以上、検察による最終的な判断がどうなるにせよ、治安維持の担い手を自負する警察としては、(1)の意見を述べておきたい、というわけだ。

 送致書の裏面を見て、ごくまれに(2)や(3)の記載があると、何か珍しい生き物にでも遭遇したかのような気になる。

 例えば(2)だと、起訴か不起訴かが極めて微妙なライン上にあり、どのような事情を重く評価するかで、どちらにも転ぶような事件とか、証拠が薄く、犯罪の容疑が認められないかもしれないとか、アリバイが成り立つかもしれず、真犯人とは認められない可能性がある、といった場合だ。

 また、(3)だと、既に示談が成立し、被害届も取り下げられ、被害者が被疑者を許し、その処罰を全く希望していない、といった場合だ。

 いずれにせよ、検察は、警察の処分意見が(1)であっても、遠慮なく不起訴にしているし、逆に(2)であっても、例えば送致後に被疑者が被害弁償の約束を守らず、被害者の処罰感情が悪化しているなどといった事情があれば、起訴している。

 現に統計を見ても、警察から送致や送付を受けた事件のうち、検察が起訴する率は約3割にすぎず、約7割は不起訴にしているし、成人による傷害事件に限っても、やはり起訴は約4割にとどまる。

 不起訴の内訳も、「起訴猶予」、すなわち証拠によって犯罪の容疑が認められるものの、被疑者の性格や年齢、境遇、犯罪の軽重、情状、犯罪後の事情などを踏まえ、起訴を必要としないと判断された事案が、不起訴全体の約7割を占めている。

 日馬富士事件でも、警察が(1)の意見を付けて送致したのはごく当たり前の日常的な光景にすぎず、検察にとって特に驚くような話ではない。

【検察による捜査】

 上司の指示で事件の担当を任された検察官は、まず、警察が作成した事件記録に綴られている証拠を読み込む。

 例えば、診断書や、貴ノ岩の負傷部位を撮影した写真、現場の状況や凶器のカラオケリモコンを撮影した写真、被害者である貴ノ岩、目撃者である横綱白鵬横綱鶴竜、関脇・照ノ富士ら同席者、被疑者である日馬富士の供述調書のほか、彼らによる犯行再現状況を撮影した写真などだ。

 その上で、まず容疑が認められるか否か、次いで起訴を要する事案か否かといった点を慎重に検討する。

 その際、証拠が足らない部分があるとか、ある点についてもう少し詳しく知りたいといった場合には、警察に指揮して補充捜査を行わせるし、検察自らも捜査を行う。

 日馬富士事件の場合も、少なくとも日馬富士貴ノ岩の取調べは改めて検察官が自ら行い、警察とは別に供述調書を作成するはずだし、現場であるカラオケラウンジの関係者など、第三者的立場にあると思われる目撃者の取調べも自ら行うかもしれない。

 また、この事件では、診断書が2通あり、その内容に微妙な違いがあるといった問題が当初から取り沙汰されていた。

 その点については、既に警察が捜査を尽くしているであろうが、最新の情報を得るために、検察が自ら各病院の医師に対して負傷部位や診断状況、回復の程度などを問い合わせ、文書で回答を得るといったことも考えられる。

 なお、マスコミ報道では、後援会や友人、知人など様々な関係者が好き放題の話をしていたが、事件を目撃していたわけではなく、又聞きの又聞きで不正確であったり、推測や願望なども含まれていることから、検察ではそれらを度外視して捜査を進めることになる。

【「求刑基準」の存在】

 こうして担当検察官が必要な捜査を遂げると、被疑者に対する具体的な処分、すなわち起訴するか否か、起訴するとして簡易裁判所に略式起訴して罰金を取って済ませるか、地方裁判所に正式起訴して公開の法廷で裁判を受けさせるか、といったことを決める。

 ただ、検察には、検察が独自に作成している「求刑基準」と呼ばれるファイルがある。

 実際に頻発している代表的な犯罪について、その態様や結果、同種前科の有無など様々な情状要素を評点化し、事案ごとにその評点を加減することで、起訴するか否かや求刑の上限下限が自動的に導き出されるというものだ。

 覚せい剤、麻薬、シンナー、大麻といった薬物事犯や、飲酒運転、スピード違反、人身事故などの交通事犯のほか、今回のような傷害や暴行といった暴力事犯がその典型だ。

 例えば交通事故の事案だと、過失の種類(居眠りや信号無視、脇見、前方不注視、速度超過など)、その内容(速度超過であれば超過部分の大きさ)、事故の現場や相手方(横断歩道上の歩行者か否かなど)、被害者の負傷程度、同種前科の有無などの事情に応じてプラス3点とか2点とか1点といった加点が定められ、逆に示談の成立や被害感情の緩和などの事情に応じてマイナス3点とか2点とか1点といった減点が定められている。

 これらの評点を捜査中の事案に当てはめ、プラス・マイナスの計算をすれば、経験の乏しい新任検事でも、「総合評点が3点だから求刑の上下限は罰金20~30万円、簡裁に略式起訴」といった一定の基準を簡単に導き出すことができるというわけだ。

 同様に覚せい剤を自分で注射して使用したといった単純な事案で同種前科がなければ、この求刑基準により、自動的に「懲役1年6月、地裁に正式起訴」といった結論が導き出される。

 全国で頻繁に発生する犯罪について、各検察官の個性や感覚、経験年数、地域性などで処分結果や求刑に大きなバラつきが出ることで、不公平や不平等が生じるのを極力抑えようとしているわけだ。

 日馬富士事件も、横綱が相撲以外の場面で他の部屋に所属する幕内力士を殴打したという事案であり、しかも被害者側である貴乃花親方と日本相撲協会との確執などもあって、連日のようにマスコミで大きく取り上げられた。

 しかし、そうした派手な装飾を排し、事件そのものを突き詰めて考えれば、結局のところ酒の席で先輩が後輩を殴って負傷させたという事案にすぎず、実によくある傷害事件の一つにほかならない。

 傷害罪に対する刑罰は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金とされている。

 先ほど述べたとおり、成人による傷害事件の起訴率は約4割だ。

 また、傷害事件の起訴全体のうち、略式起訴が約6割、正式起訴が約4割となっている。

 そこで、日馬富士事件も、検察内部の「求刑基準」に基づき、他の同種事案に対する過去の処理例とのバランスを図りつつ、具体的な処分内容が決められることとなる。

【考慮される要素】

 その際、次のような点が考慮されるはずだ。

(a) 犯行の経緯に関する要素

・計画性の有無

・動機や理由、事件の背景

・犯行の目的

・被害者の落ち度

・酔った上での犯行か

(b) 犯行の状況に関する要素

・犯行の時間、場所

・殴打した部位、回数、時間、力の強さ

・凶器使用の有無

・使用した凶器の内容、形状

・周囲に止められなければどこまでエスカレートしていたか

・プロの格闘家による犯行であること

・被害者が一般人ではなく、同じくプロの格闘家であること

(c) 犯行の結果に関する要素

・被害者の負傷部位、負傷程度、加療期間

・後遺症の有無、程度

(d) 犯行後の状況に関する要素

・示談の有無、その内容、金額

・被害者の処罰感情

(e) 被疑者自身に関する要素

・前科の有無

・過去に同様のトラブルを起こしているか

・反省の有無、程度

・被疑者の置かれた立場の大きさ

・引退や一連の報道が十分な社会的制裁と言えるか

(f) 社会全体への影響に関する要素

・社会的な影響の大きさ

・社会で同様の傷害事件が発生しないようにするための手段

 このうち、日馬富士事件の場合、特に重要な要素を順に挙げると、(c)の負傷結果、(b)の凶器使用と殴打回数、(d)の示談、処罰感情だ。

 一時期、ビール瓶で殴ったのではないかといった報道があり、実際にはビール瓶を手にしたものの滑り落ちて使えなかったということのようだが、いずれにせよ固いカラオケリモコンで殴っていることは確かだ。

 もし手から滑り落ちなければビール瓶で殴っていたであろうから、最終的にはビール瓶で殴っていないという事実は、日馬富士にとってさほどプラスに働く話にはならないだろう。

 確かに、酒の席での1回限りの事件で、日常的な虐待の事案ではないし、前科はなく、日馬富士もそれなりに反省している模様である上、社会的制裁を受けているとも考えられる。

 それでも、負傷の程度が全治2週間を要する左前頭部裂傷などということだし、凶器を使った執拗な殴打事件であることからすれば、このまま示談がまとまらず、貴ノ岩貴乃花親方の処罰感情が厳しいままで推移すると、検察の「求刑基準」に照らし、30万円程度の罰金刑を求める略式起訴は免れないだろう。

 最近でも、日本大学東北高校相撲部の顧問が男子部員の尻をデッキブラシで突き、直腸粘膜を損傷させる全治1週間のケガを負わせたという事件で、9月に略式起訴され、罰金30万円の略式命令を受けている。

 とにかく、日馬富士やその弁護人が貴ノ岩側と一刻も早く示談交渉を進め、示談金を支払い、貴乃花親方ともども、日馬富士の処罰を一切望まないといった内容の示談を取りまとめることができるか否かが、大きなポイントとなるはずだ。

 これだけの事件を起こし、しかも被害者側が絶対に許さないと言い張っているにもかかわらず、検察が安易に不起訴にすれば、検察審査会に審査を申し立てられるような展開となり、収まりがつかなくなるし、社会に対して示しもつかない事態となるからだ。

【ただ、さほど時間はないはず】

 10月下旬の被害届提出後、12月11日の鳥取地検に対する送致に至るまで、鳥取県警の捜査はかなり素早かったと言える。

 マスコミに大きく報道されており、社会的な影響が大きい事案である上、来年1月14日には大相撲初場所が控えているという面もあるだろう。

 ただ、送致がこの時期になった理由は、必ずしもそれだけに限らない。

 検察が警察から事件を受理したということは、いずれ起訴するなり不起訴にするなり、何らかの形で処理しなければならないということを意味している。

 「身柄事件」、すなわち被疑者を逮捕勾留して身柄を拘束する事件の場合、勾留期限という締め切りがあるので、これに追われるように最優先で処理を行う必要がある。

 これに対し、「在宅事件」、すなわち被疑者の身柄を拘束していない事件の場合、勾留期限という締め切りがないので、ついつい後回しになりがちだ。

 そこで、検察では、年末である12月と年度末で定期異動前の3月に、中長期の未済となっている在宅事件の一掃を図ろうとしている。

 年内に処理しなければならない事件の数を増やさないために、12月上旬ころ以降は、在宅事件の新たな送致や送付をストップさせ、翌年回しにさせる、というのが検察と警察との取り決め事項となっているほどだ。

 その上で、検察は、年内はリアルタイムに発生する身柄事件の捜査や処理をしつつ、御用納めまでの間、溜まった在宅事件の一掃に専念するわけだ。

 そうなると、先ほど述べたように来年1月14日に大相撲初場所が控えており、それまでに刑事事件としての区切りを付ける必要があることや、さほど複雑な事件ではなく、処分に頭を悩ませるほどの事案でもないことを考慮すると、検察としても、いつまでもズルズルと引っ張るのではなく、年内を処分の目処と考えるのが通常だろう。

 ただ、鳥取地検が先ほど挙げたような捜査を行うよりも、日馬富士貴ノ岩ら事件関係者の住居地を管轄する検察庁、具体的には東京地検に事件そのものを移送し、そこで彼らの取調べなどを行った方がスムーズに進むし、もし罰金を取るのであれば、東京区検から東京簡裁あてに略式起訴する方がベターだ。

 こうした移送は、検察庁間でしばしば行われているものだ。

 例えば、東京在住の被疑者が鳥取旅行中に交通事故を起こしたが、逮捕には至らなかった場合、犯罪地である鳥取の警察が現場の実況見分や被害者の取調べなどを行い、捜査を遂げた上で、鳥取地検に対して送致を行う。

 しかし、被疑者の取調べや処分などは東京地検が行った方が被疑者にとっても都合がよいことから、鳥取地検東京地検に根回しをした上で、捜査書類などを東京地検に送り、その後の捜査や処分を委ねる、というわけだ。

 こうしたやり方は、日馬富士のみならず貴ノ岩らにとっても距離が近くなり、メリットが大だ。

 内部決裁や事件記録の郵送などを含め、移送の手続にも数日間を要することから、日馬富士にとって残された時間はわずかだ。(了)