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働く人々を人間扱いせず、使い捨ててきたひとつの結果 劣悪すぎる日本の「労働」から逃げ出す人々

以下記事転載

どうしたら??

アジアのコールセンター、ワーキングホリデー〜劣悪すぎる日本の「労働」から逃げ出す人々

働く人々を人間扱いせず、使い捨ててきたひとつの結果が、これである。

2017年11月02日 12時05分 JST | 更新 1時間前

http://www.huffingtonpost.jp/karin-amamiya/foreign-workers_a_23263973/

 

先週、日本にワーキングホリデー(ワーホリ)で来ているという韓国人男性と食事する機会があった。

2週間前に日本に来たという30歳の彼は作業服姿。聞けば、仕事内容は日雇い派遣と変わらず、前日まで働く場がわからないという。仕事は、電気工事などの現場仕事。時給は1000円だが、交通費は一切出ない。よって8時間働いても、その日は1400円ほどが交通費で消えたので、日給は6000円ちょっと。その上、3400円の作業服は自腹で買わされ、軍手などの必需品も自分で買わなければならないという。そうなると、作業服を買った日の日給はわずか3000円ほど。

そんな待遇の上、現場では韓国人ということで差別され、誰も口を聞いてくれず、仕事も教えてくれず、みんなが連れ立って食事に行く昼休みに、彼だけはコンビニで買ってきたパンなどで済ませるという。共に働く日本人からは、「フォークリフトの免許をとれば時給は1200円になる。そうしたら貧しい国のお前でも家に仕送りできるだろう」などと言われるそうだが、彼は日本語がペラペラで英語もできるエリートだ。韓国にいた時は不動産関係の仕事で月収30万円を稼いでいたという。韓国で月収30万円とは、かなりの額と言っていいだろう。そんな彼が、日本に夢をもってワーホリで訪れたら、この待遇。

なんのことはない、日本人の日雇い派遣労働者に10年前にやらせていたことを、今は外国人に押し付けているという構造が明らかになったのだった。

そんなワーホリについて、最近、非常に興味深い記事を読んだ。それは『POSSE』2017年9月号に掲載された「海外でのノンエリート労働は逃げ道にならない!? ワーキング・ホリデーと日本人の国際労働移動」。日本人のワーホリ問題を研究してきた藤岡伸明氏が『若年ノンエリート層と雇用・労働システムの国際化 オーストラリアのワーキングホリデー制度を利用する日本の若者のエスノグラフィー』を出版したことを記念して、POSSE代表の今野晴貴氏と対談しているのだ。

対談から浮かび上がるのは、2000年代からの雇用破壊、労働のブラック化、貧困化が急速に進んだ結果、逃げ出すように海外に向かう層がいるという事実だ。実際、藤岡氏の2人の兄も00年代前半にワーホリに行っている。英語が話せず、海外で働くようなスキルもないので、労働市場の下層に組み込まれる可能性が高いわけだが、「それでも行きたいという思いを抑えきれない、非常に切羽詰まった状況」だったという。

このことがきっかけで藤岡氏は自身もワーホリビザを取得し、オーストラリアに滞在。観光施設や日本食レストラン、農業ボランティアなどの現場で働きながら研究を進めてきたという。

そんなワーホリに行く日本人を見ていくと、「そのまま日本にいたら過労で倒れかねない」男性や、「給料未払いや雇用主との不和といったトラブルを何度も経験して」いるノンエリート女性、「IT関連の激務で燃え尽きかけてワーホリに行った」人などなど、日本の労働市場の閉塞が浮かび上がる。が、ワーホリに行くことが自身のキャリアアップに繋がるかというと、決してそんなことはない。

仕事は日本食レストランやカラオケ店、CD・DVDレンタル店など、日本人も多く利用する場。「長時間労働を受け入れ、日本語能力が高く、将来性がない仕事でもいい、というような層の労働需要が増加」しているため、そのような仕事はある。また、オーストラリアには農業従事者の中に、「定住しないで渡り鳥のようにあちこち移動する」、「かなり底辺に近い人たち」がいるそうだが、日本人ワーホリは「その人たちすら働きたがらない果物の収穫や果樹の剪定といった非常に単純な労働」に入っているという。

そんなオーストラリアの日本人ワーホリの平均時給は主要国のなかでもっとも低く13.6ドル。次いで低いのが韓国人。ちなみにイギリス人ワーホリとの差は5.8ドル。少ない時給で一生懸命働き、権利意識が希薄な日本人ワーホリは、「極言すれば奴隷的な労働への適応力が高い」と藤岡氏は指摘する。そんなワーホリ経験は、やはりなかなか帰国後のキャリアに結びつかず、ワーホリに行く前は正社員だったのに、帰国後は非正規になるなど、「経済的に下降してしまうことも珍しくありません」。

さて、ここまでワーホリについて書いてきたわけだが、「日本の労働環境があまりにも劣悪だから海外へ」という流れは、10年ほど前から一部のロスジェネ世代でも起きてきたことだ。

08年、私はそんな男性に取材している。時給300円で中国に派遣されていた日本人だ。男性は74年生まれ。就職氷河期世代で仕事に恵まれず、派遣などを転々としていた彼は、ネットで「成長著しい中国で語学を身につけ成功しよう!」「働きながら語学を身につけられる」というある派遣会社の広告を見つけ、「どうせ日本にいても非正規にしか就けないのだから」と30代前半で中国行きを決める。

仕事内容はコールセンター。日本からかかってくる電話に日本語で答えるというものだ。そうして彼は中国・大連に派遣されるのだが、ビザ代は自己負担。必要と言われた中国式の健康診断書もやはり自腹で、1万2000円かけて取得。面接のための上京代3万円も自己負担、大連に送る段ボールふたつ分の郵送料3万円も自己負担、更には大連までの飛行機代往復6万円も自己負担、海外保険料も自己負担というブラックすぎるシステム。また、渡航前、担当者に「年に一度くらいは日本に帰りたい」と告げると「中国が楽しすぎて帰りたいと思う人なんていないよ」と言われ、病気になったらどうすれば、という質問には「病気にはならないよ」という返事を返されたという。

そうして大連に着いた途端、「1年以内に退職した場合は罰金5万円、同業他社への転職を禁ずる」などという誓約書に強制的にサインさせられ、働き始める。同じコールセンターで働く日本人は50人ほどで、30代後半が多かったという。日本の工場で派遣で働いていた人や、営業の仕事を辞めて来た人など、様々な訳ありっぽい人がいたそうだ。

肝心の「無料で中国語を学べる」方はどうかというと、週に一度、中国人の大学生が来るだけ。語学学習というよりは「お遊び程度」で、上達とかいうレベルではない。が、辞めることもできない。1年以内に辞めれば罰金5万円という誓約書にサインしているし、そこのコールセンターで働くことでビザが出ているので、辞めると不法滞在になるおそれもある。が、時給300円では月収5万円程度。大連のアパートの家賃は1万8000円、光熱費が8000円ほど、食費やサウナ代(部屋に風呂がないため)もかさむ。その上、日本の口座からは国民年金保険料や税金が引き落とされていく。そのような状況に不満が募り、彼は会社と喧嘩して退職するのだが、中国語は学べず、日本の貯金が減り続けただけの「中国派遣」だったのであった。

さて、そんな彼に取材したのが08年。詳しくは『生きのびろ! 生きづらい世界を変える8人のやり方』に収録されているのでぜひ読んでほしいのだが、最近、そんな海外コールセンターで働く日本人についての本が出版された。『だから、居場所が欲しかった バンコク、コールセンターで働く日本人』(水谷竹秀)だ。

私が取材した大連の彼の派遣会社は、当時からインドやタイのコールセンターにも日本人を派遣させていたのだが、本書では、バンコクで働く日本人の姿が描写されている。

コールセンターの月収は9万円程度。30代なかばから40代の日本人が多いという。オペレーターの応募条件は「日本語ネイティブ」「性別・語学力不問」「高卒の22歳以上」のみ。非正規労働の経験者が多く、著者は「コールセンターの日本人たちはバブル崩壊後の『失われた20年』という荒波に揉まれ、売り手市場に恵まれることがなかった、ある意味で日本の労働市場から取り残されたしまった層なのかもしれない」と書く。

そんなバンコクのコールセンターで働く33歳の男性は、自身を「日本にいたらいらない子ですからね」と言う。

「日本に帰りたいっていう希望自体、そもそもないですから。変な話、僕が日本に帰っても手遅れでしょ? 年齢的にも学歴的にも職歴的にも。日本の一般的な社会人としては手遅れかなと。日本に帰ったところで、たぶんろくな仕事もないでしょうし、せいぜい工場で働ければいい方かなみたいな」

そんなコールセンター業務をしている自分たちを、彼ら彼女らは「最底辺」と言う。

「そもそも日本でできることがなかった人がタイへ渡り、タイでできる仕事がないからコールセンターで働くと。行くも地獄、帰るも地獄ですね」

そう評する者もいる。

もちろん、コールセンターからバンコクでの職歴を積み、起業して成功する人もほんの一握りだが存在する。が、多くが日本から「逃げて」バンコクに辿り着いたという印象だ。しかし、彼らの言い分も非常に理解できる。

日本には未来がない。管理された日本社会が息苦しい。コールセンターの仕事は時間ぴったりで終わるからいい。ノルマも残業もない。やりがいはないけれど、責任感もそれほど求められない。給料は安いけれど、残りの時間を自由に使える。数日休みをとって隣国に旅行することもできる。日本で生活する方が経済的にも仕事的にも忍耐力が要求され、神経をすり減らして生きていかなければならない――。

確かに、日本で月収十数万円程度で死ぬほどの忍耐と長時間労働を要求され、自分の時間などまったくない生活をしている人は多くいる。そして現在コールセンターにいる層の多くは、日本のもっとも劣悪な職場で働いてきた人たちと重なる。

日本の学生の海外留学が減ったことなどから、「日本の若者は内向きになった」などとダメ出しされることが多い昨今である。しかし、ずーっと「就職難」と言われていた中、「とにかく新卒で就職しなければ」というプレッシャーがあったのだから当然だろう。一方で、日本のトップクラスの学生の海外留学は増えているという(朝日新聞10月29日)。日本のエリートたちは、このまま日本に見切りをつけていくのかもしれない。

そんな現実がありながら、「日本に希望が持てない」、そして「日本社会がまともな扱いをしてくれない」という理由から、バンコクなどのアジアに向かい、コールセンターで働く若くはない層が増えているという現実。私たちが何気なくかける「お客様窓口」なんかの電話を受けているのは、海外コールセンターの人たちかもしれない。そしてそんな彼らは日本社会にひどく傷つけられ、日本をとても憎んでいる気がする。

08年、大連の彼の取材をしている時、彼がいた派遣会社の説明会に潜入したことがある。派遣先はやはりインドや中国で、時給は300円。条件は「母国語が日本語であること」のみ。その言葉に、なんだか今までの自分の人生を、これまでの様々な努力を全否定されたような気持ちになったことを覚えている。

働く人々を人間扱いせず、使い捨ててきたひとつの結果が、これである。

外国人を実習生や研修生として劣悪な環境で働かせ、日本人も使い潰し、この国で生きる大多数が生きづらい日本社会。

そんな国にある未来って、どんなものなんだろう?

改めて、そんな問いを突きつけられている。

(2017年11月1日「雨宮処凛がゆく!」より転載)

 

 

Asian call center, working holiday ~ people who run away from Japan's "labor" which is too bad

This is one result that we did not handle working people human beings and thrown away.

2017 年 11 月 02 日 12 時 0 分 JST | Update 1 hour ago

http://www.huffingtonpost.jp/karin-amamiya/foreign-workers_a_23263973/

 

  • Masami Amemiya writer / activist

Last week I had the opportunity to have a meal with a Korean man who came to Japan on working holiday (working holiday).

He is 30 years old that he came to Japan two weeks ago and wore work clothes. If you ask, the job content is the same as the temporary job dispatch, he says he does not know the place to work until the previous day. Work, on site work such as electrical work. The hourly wage is 1000 yen, but no transportation fee will be issued. So even though I worked for 8 hours, the day I had about 1,400 yen disappeared by the transportation fee, so the daily salary is a little 6000 yen. In addition, work clothes of 3400 yen are bought on their own, saying they must buy necessities such as gloves for themselves. Then, on the day when you bought work clothes the daily salary is only about 3000 yen.

After such treatment, on the spot it is discriminated on the grounds that it is a Korean, nobody listens to the mouth, does not teach work, lunchtime when everyone goes to dinner, he alone bought at a convenience store It is said to do with. From Japanese workers who work together, "If you take a license for a forklift, the hourly wage will be 1,200 yen, then you will be able to send you home even if you are a poor country," he says he is fluent in English It is also an elite you can do. When he was in Korea he said he was earning 300,000 yen per month for real estate-related work. It can be said that the monthly income of 300,000 yen in Korea is a considerable amount. This kind of treatment, if he visits in Wahoryi with a dream in Japan.

There was no such thing as the structure that the Japanese day laborer dispatched workers had been doing 10 years ago is now being pressed against foreigners was revealed.

I recently read a very interesting article about such work. It is "POSSE" published in September 2017 issue "Non elite labor abroad is not an escape!" Working holiday and Japanese international labor movement ". In commemoration of Mr. Nobuaki Fujioka who studied the problem of the Japanese people's work, "Internationalization of the young non-elite class and employment and labor system" Japan's youth ethnography utilizing the working holiday system "in commemoration of the publication of POSSE We are talking to representative Mr. Haruaki Imono.

What comes to mind from the dialogue is the fact that as a result of rapidly progressing employment destruction, blackening of labor and poverty from the 2000s, there are layers that go abroad to escape. Indeed, Mr. Fujioka's two older brothers also went to work in the early '00s. He can not speak English and has no skills to work abroad, so it is highly likely that he will be incorporated in the lower level of the labor market, but he said that he was "a situation where I could not suppress my desire to go yet, a very clumsy situation."

Because of this, Mr. Fujioka himself acquired a work holiday visa and stayed in Australia. He said he has been conducting research while working at the site such as sightseeing facilities, Japanese restaurants and agricultural volunteers.

When I look at Japanese people going to such a holiday, "Non elite women who repeatedly experienced troubles such as unpaid salaries and discord with employers" who "could stay in Japan as a result of overwork" , People who "burned out with IT-related labor and went to work" and emergence of the labor market obstruction in Japan. However, going to Wahari leads to her own career improvement, it is never such a thing.

Work is a place to use many Japanese, such as Japanese restaurants, karaoke shops, CD / DVD rental shops. There is such a work as "the demand for labor in the stratum is increasing" such as "Accepting long hours work, Japanese proficiency is high, work without future promises is OK". Also, in Australia, some farmers say that there are "traveling around like migratory birds without settingtling" and "people who are quite close to the base", but the Japanese worker said "even those people do not want to work Very simple labor such as fruit harvesting and fruit tree pruning ".

The average hourly rate of such Australian Japanese workhorse is the lowest of the major countries of 13.6 dollars. The next lowest is Korean. By the way, the difference with British worker is $ 5.8. A Japanese worker working hard with a small hourly wage and a weak awareness of rights is "highly adaptable to slave labor in a very narrow sense," Mr. Fujioka points out. Such a workhorse experience is not always linked to a career after returning to the country, but before going to work, I was a full-time employee, but after returning home it became irregular, "It is not uncommon to go down economically."

By the way, I wrote about Wahori so far, but the tendency to "go abroad because Japan's working environment is so bad" has been happening in some Rosgen generations for about 10 years ago.

In 2008 I covered men like that. It is a Japanese who was dispatched to China at a rate of 300 yen per hour. Male was born in 1974. Having finished employment ice age generations and lacking work, he has been dispatching and so on, he found an advertisement of a temporary agency that says "Let's acquire language skills in remarkable Chinese in China" and "Learn a language while working" , "Even if you are in Japan, you can only work on non-regular basis," he decides to go to China in the early 30s.

Work content is call center. It is to answer in Japanese to the phone coming from Japan. Then he will be dispatched to Dalian, China, but the visa fee is borne by you. As I expected, I also had a Chinese medical examination that was said to be necessary, taking over 12,000 yen on my own. Also pay 30,000 yen for the Tokyo fellowship for the interview, bear the burden of 30,000 yen for two cardboard shipping costs to Dalian, and also bear the burden of 60,000 yen for the airplane to and from Dalian, and pay the overseas insurance fee It is too black system. Also, before talking about, I told the person in charge "I want to return to Japan once a year" to the person in charge, "There is no one who wants to go home because of too much fun" and asked what to do if I got sick He said that he replied "I will not get sick".

As soon as you arrive in Dalian, you will be forced to sign a pledge that "If you retire within one year, you will be fined 50,000 yen, you will not be able to change jobs to other companies in the same industry" and start working. There are about 50 Japanese people working at the same call center, which is said that there were many late thirties. There seemed to be various reasonable people such as those who worked in a factory in Japan and those who quit their jobs in sales.

As for the person who can learn Chinese "free for free", only Chinese university students come once a week. It is "degree of play" rather than language learning, not level of progress. But I can not quit. If I quit within a year I have signed a pledge that a fine of 50,000 yen, and because I have a visa because I work at a call center there, there is a possibility that I will stay illegally when I quit. However, monthly income is about 50,000 yen at 300 yen / hour. Dalian apartment rent is 18,000 yen, utility fee is around 8000 yen, food expenses and sauna fee (because there is no bath in the room) also expands. Besides, National Pension Insurance premiums and taxes are deducted from Japanese accounts. Despite dissatisfaction with such a situation, he retired after quarreling with the company, but he was not able to learn Chinese but was "dispatched in China" as Japan's savings continued to decrease.

Well, I covered him like that in 2008. For details, it is included in "How to live! Eight people who change the world that is hard to live", so please read it, but recently, a book about Japanese people working at such overseas call centers was published. "So, Bangkok I wanted a place to work, a Japanese worker at a call center" (Mizutani Takehide).

His dispatch company in Dalian, which I covered, had been dispatching Japanese to the call centers in India and Thail from that time, but in this book the figure of the Japanese working in Bangkok is portrayed.

The monthly income of the call center is about 90,000 yen. It is said that there are many Japanese in their 40s from their 30s. Operator's entry conditions are "Japanese native", "Sex / Language skills unqualified", "High school graduates 22 years and over" only. Many people experienced irregular labor, the author said, "Japanese in call centers were knocked by the rough wave" lost 20 years "after the collapse of the bubble, there was never a blessing on the seller market, in a sense Japanese labor It may be a layer that has been left out of the market ".

A 33 - year - old man working at such a call center in Bangkok says himself "Because you are a child you do not need in Japan."

"Because there is no hope of returning to Japan in the first place, it is too late story, it is too late for me to return to Japan, neither age nor academic background, but employment history. As a general Japanese society I guess it's too late, I guess there is probably not much work as I return to Japan, and it seems to be the best way to work at a factory at the most. "

They call themselves call center services, they say "the bottom line".

"People who have never been able to do things in Japan in the first place can travel to Thailand and work in a call center because there is no job to be done in Thailand.

Some say so.

Of course, there are only a handful of people who build up work experience in Bangkok from the call center and succeed after starting a business. However, it is the impression that a lot of people "ran away" from Japan and reached Bangkok. However, they can also understand very much.

There is no future in Japan. A controlled Japanese society is stuffy. Call center jobs are good as it will end at perfect time. I have no quota nor overtime. Although it is not worthwhile, it does not require much responsibility. My salary is cheap, but I can use the rest of the time freely. I can take a few days off and travel to neighboring countries. Person who lives in Japan is required for perseverance both economically and work and needs to wear nerve and live.

Certainly, there are many people who are asked for patience and long hours of work to die in Japan with monthly incomes of about tens of thousands of yen, and have lived without their own time at all. And many of the people currently in call centers overlap with those who worked in the poorest workplace in Japan.

As Japanese students abroad study abroad has decreased, it is nowadays that young people in Japan tend to get inward, such as young people turned inward. However, while it was told that "employment difficulties" for a long time, it was natural that there was pressure "I had to find a job with a new graduate anyway". Meanwhile, it is said that overseas study abroad of Japanese top class students is increasing (Asahi Shimbun October 29). Japanese elites may keep on giving up on Japan as it is.

Despite such a reality, because of the reason that "Japan can not have hope" and "Japanese society will not handle it properly", the number of young people working at the call center heading to Asia such as Bangkok has increased The reality that it is. It is perhaps some people from overseas call centers who are receiving phone calls such as "customer contacts" that we casually inquire. And they are badly hurt by Japanese society and feel like Japan is very hated.

When he was interviewing Dalian in 2008, he sometimes infiltrated a briefing sessions of a temporary agency company he had. Again in India and China, the hourly wage is 300 yen. The condition is "only that the mother tongue is Japanese." I remember that the words made me feel like I've been totally denied my life so far, various efforts so far.

This is one result that we did not handle working people human beings and thrown away.

I work foreigners as trainees and trainees in a bad environment, the Japanese also crush, the majority living in this country is a difficult Japanese society.

What is the future in such a country?

Again, such a question is confronted.

(Reprinted from November 1, 2017 "From Amemiya Treatment!")